2017年7月29日土曜日

ヘドニック・アプローチの解説・総説文献まとめ

ヘドニック・アプローチ hedonic approach は政策的な経済分析を中心に応用分野が幅広いこともあって数多くの理論・実証研究がある.

総説等


Green and Malpezzi (2003, pp. 48f) は用途として (i) 鑑定評価,(ii) 価格指数,(iii) プログラム分析(政策的な介入効果の予測や需要関数の推定など)の3つを挙げる.アプローチ自体は住宅市場のみならず,労働市場や自動車・PCなどの製品も対象とする.

(i) 鑑定評価 appraisal 関連:

(ii) 価格指数 price indexes 関連:

(iii) プログラム分析 program analysis 関連:

実証上の主な問題は,母集団の設定とサンプリング(市場細分化に関する問題を含む),関数に含める属性(何の代理変数として何を充てるのか,という問題も含む),除外変数,サンプルセレクション,関数形(多重共線性,階層性,時空間的な構造変化の問題を含む),動学的な調整や不均衡・摩擦の表現,等々.

後述する柘植他(2011,p. 102)は(2011年時点における)主な研究動向として (i) Heckmanらによる推定の識別可能性に関する理論的研究と (ii) 空間計量やセミパラなどを利用した価格関数の精緻化に関する統計学的研究の2点を挙げている.

初期の研究


この文脈で「hedonic」(快楽的な)という語を用いたのは自動車価格の回帰を行った
  • Andrew T. Court: Hedonic price indexes with automotive examples, The Dynamics of Automobile Demand, General Motors, New York, 98-119, 1939. ※ この研究そのものを主題として詳細な解説をした Goodman (1998, JUE) も参照.
が初と言われている(有名にしたのはZvi Grilichesによって1960sに発表された研究の功績による部分も大きいらしい).価格を財の属性に回帰するアイデア自体は,ミネソタ大修論として発表された Haas (1922) (EconPapers) が初出らしい(Colwell and Dilmore, 1999 LE).理論構築に関しては,消費者(家計)側からの分析を行ったLancaster(ここまでは価格指数理論の文脈での議論が主),供給側も考慮して理論的基礎付けを行ったRosen
が有名.Eppleは
でRosenアプローチでは同時性バイアス・除外変数バイアスが深刻な問題となりうることを指摘し,推計の改良を提案している(IV?).

ヘドニックのフレームで環境価値を(marginal WTP として)推定した先駆的な研究は
など.

社会資本や公共サービスの場合は足による投票(Tiebout)を通じた資本化仮説(capitalization hypothesis)に依拠する(後掲の肥田野 1997,林 2003 等を参照).理論研究は地方公共財理論(地域内に均一に影響を与える公共財によって生じる便益の帰着.Pines and Weiss 1976 JUE; Starrett 1981 JPE; Kanemoto 1988 ECTA etc.)と新都市経済学(交通施設整備による地価変化の分析など.Polinsky and Shavell 1976 JPubE; Wheaton 1977 AER etc.)の2つのアプローチがあり,前者ではたとえば Oates (1969, JPE) が有名.なお資本化仮説の立場からは住宅市場ではなく労働市場を対象とすることもある.この仮説の成立条件には消費者の同質性など幾つかあり(後述する 肥田野 1997, 金本 1992 などを参照),たとえば消費者の選好が異質である場合には限界効果が過大推計されるし(付け値関数と市場価格関数が乖離する.後述する 金本他 1989 などを参照),取引費用が無視できない場合には過小推計されることなどが知られている.

柔軟な関数形で特定化する研究として,Box-Cox変換の適用を提案した
は有名.その他,加法モデルなどのセミパラ推定や,人工NNなどのノンパラ推定を試みる研究も多数.近年の動向まで含めての定式化は
を参照.

Rosenによる基礎づけまでは部分均衡の枠組みで議論が進められていたが
によって労働市場を含めた一般均衡の枠組みに拡張された.この均衡モデルではアメニティの価値(等)が地代と賃金の両者に影響を与えるため,実証分析には賃金データも必要.

住宅市場の適用例に比べて労働市場の適用例は少ないが,たとえば労働環境の質を賃金の属性として賃金関数を推定して健康被害や死亡リスクの経済評価に利用する
などの例がある(統計的生命価値 value of statistical life を推定.古川・磯崎 2004 を参照).

Heckmanらによる識別の試み


限界効用などに対する幾つかの仮定を置くことで,単一市場であってもノンパラ・アプローチによって需要関数を識別できるらしい.

他にも,Gorman-Lancaster型のヘドニックモデルについてRosen (1974, JPE)を何か所か一般化した
や,BartikやEppleが指摘した意味での内生性への対処を非線形モデルによって試みている
など多くの理論研究がある.

ちなみに,需要関数の推計手法としてのヘドニック・アプローチは実用上使い勝手が悪いため(とりわけ属性が多い場合や,属性が離散的な場合),McFaddenのランダム効用理論に基礎を置く離散選択アプローチの方が広く用いられている(e.g., Shum 2017, ch. 1).両者を比較した Cropper et al. (1993, REStat)Palmquist and Israngkura (1999, AJAE) などの研究があるが,結果はデータとモデルのspecificationに大きく依存する模様.前掲の Follain (1985, RSUE) も参照.

ソーティング関連


Sorting, self-selection. ヘドニック理論とMcFaddenによる離散選択に関する基礎付け
を融合させる equilibrium sorting models (ESMs) について,Kuminoffらによるサーベイ
  • Nicolai V. Kuminoff, V. Kerry Smith, and Christopher Timmins: The New Economics of Equilibrium Sorting and Policy Evaluation Using Housing Markets, Journal of Economic Literature, 51 (4), 1007-1062, 2013.
    • Table 1 (pp. 1031f) にアプローチ(Pure Characteristics Sorting, Random Utility Sorting, Calibrated Sorting)ごとの特性がまとめられている(同時に multi-market, structural, non-parametric approach とも比較されている)
を参照(cf. random utility model: Quigley 1976; random bidding model: Ellickson 1981 JUE;すべての個人に共通する1つのindexによって選択を行う vertical sorting models と,個人間の異質性を考慮した horizontal sorting models).

準実験による近年の実証


前掲の Parmeter and Pope (2013) を参照.

よく用いられるのがRDD(回帰分断/回帰不連続).Boundary discontinuity を利用した実証の先駆けは Cushing (1984, JUE) だとか.この識別戦略を用いた有名な研究は
など.余談だが時間的なRD(interrupted time-series analysis = ITS とも)の使用については Hausman and Rapson (2017, NBER WP) による整理を参照.DIDでは
など.なお(DIDなどの)推定量が意味しているものが何であるのか(WTPとして解釈してよいのか? 等々)について前掲の Parmeter and Pope (2013, § 3.3) は Kuminoff and Pope (2009, WP) を引用しているが,現在はその後出版された同著者による
を参照するとよさそう.その他にも経済学的な解釈との関連についても検討を行う
などもある.

空間統計手法の適用


空間効果を考慮した回帰モデル(空間計量経済学のモデルや固有ベクトル空間フィルタリング,GWRなど)をヘドニック・アプローチに用いたり,中には空間ヘドニック spatial hedonic という表現を用いている論文が幾つも見つかる.初期の研究は
など.最近では
他多数.和文でも後掲する清水・唐渡(2007),星野(2011)の他に,堤・瀬谷(2009; 2010)などがある.なお空間計量における空間重み行列 W の設定などに関連して
などの指摘・批判があることには要注意.空間計量に拘らず
  • Steve Gibbons, Henry G. Overman, and Eleonora Patacchini: Chapter 3. Spatial Methods, Handbook of Regional and Urban Economics, Volume 5, 115-168, 2015. (ungated)
あたりを参照するのが正攻法か.

ヘドニックと直接関係はないものも含めて,空間データの回帰における問題は Anselin and Bera (1998, Handbook ch. 7)Dubin (1998, JHE)Basu and Thibodeau (1998, JREFE),  Dubin, Pace, and Thibodeau (1999, JREL)Wilhelmsson (2002), Meen (2016, US) 他多数で指摘されており,分析デザインを検討する上で参考になると思われる.

立地 location,近接効果 neighborhood effect,社会的相互作用 social interaction 関連では
など.

その他


V. Kerry Smith and Subhrendu K. Pattanayak: Is Meta-Analysis a Noah's Ark for Non-Market Valuation?, Environmental and Resource Economics, 22 (1–2), 271–296, 2002.
→ G. Stacy Sirmans, Lynn MacDonald, David A. Macpherson, and Emily Norman Zietz: The Value of Housing Characteristics: A Meta Analysis, Journal of Real Estate Finance and Economics, 33 (3), 215-240, 2006.

長期における循環とWTPの時間変動についての考察に Zabel (2015, RSUE) がある.曰くMWTPの時間変動は需給割合の変動によって説明できるとか(ということで,Krainer 2000 JUE や Novy-Marx 2009 REE がレビューされている).

和文文献


和文で有名なのは1992年『土木学会論文集』の特集〈ヘドニック・アプローチによる社会資本整備の評価〉
だと思うが,成書では
  • 肥田野登 『環境と社会資本の経済評価―ヘドニック・アプローチの理論と実際』 勁草書房,1997.(amazon.co.jp
が(日本にヘドニックを紹介した太田誠先生の著作を除けば)有名と思われる.上記以外にも
などの学術研究に加えて
のような実務マニュアル類もある.いずれにせよ準実験アプローチによる(first stageの推定についても,2段階の両方についても)識別の議論をカバーした文献は少ない.

2017年7月15日土曜日

経済分野での論文投稿


University College LondonのRasul先生による「Advice on the Publishing Process [PDF]」と題するhow toスライド資料.

  • 1A 読者を知る.AERのような一般誌なのか,AEJのようなフィールド誌なのか
  • 1B 貢献を明らかにする.先行研究に対する位置づけが重要.「literature review ≠ listing findings」
  • 1C well-organisedな文章にする.「The Chetty Production Function」スライドでStanfordのChetty先生(たぶん)がbig dataを古典的な問いに適用することについて語っているのが一番の読みどころ(な気がする)
  • 1D 焦点を絞る.余計なことは書かない
  • 2-1 投稿する際は論文本体と一緒にカバーレターを送る.査読するまでもない質だったりすると論文が査読者に回されることなくscreen reject(desk reject, editor kick)される
  • 2-2 査読は新規性や意義のみならず,読みやすさなども考慮される
  • 2-3 エディターは条件付き採択・revise and resubmit(R&R)・リジェクトを選択
  • 3-i R&Rとなった場合,査読コメントには全て回答するように努める.Inconsistentなコメントについては対応をエディターに相談してよい.査読者が内容を誤解するのは著者が悪い!
  • 3-ii 誰しもリジェクトは経験する.落ち込まない