2017年3月31日金曜日

日本・大学院修士課程の教育が賃金に与える影響

賃金への効果は確認されないが,仕事の満足度を高める効果は確認できるとのこと.
関連する直近の研究に
などがある.

大学院に限定されない(大学)教育の意義については,経済学のエバンジェリスト(?)としても有名なジョージ・メイソン大のCowen先生と同大のTabarrok先生による討論が面白い.なお,お二人が運営するブログ「Marginal Revolution」に掲載された記事の幾つかは「経済学101」で和訳されている.



(追記)日本においては(スクリーニング仮説よりも)人的資本の観点が重視されているとか.橘木先生の「教育機会と格差問題について」(2006年講演)や,Altonji and Pierret (2001, QJE),一橋・小野浩先生の Ono (2008, RSSM) ,Lange (2007, JLE)Lange and Topel (2006, Handbook),山口先生の下記ツイートを参照.

上ツイートの文脈において執筆されたブログ記事「高等教育無償化を正当化しうる5つの理由」も参照.

2017年3月28日火曜日

住宅の供給弾力性とレント・エクストラクション

スタンフォード大のDiamond先生によるレント・エクストラクション研究.住宅の研究で「rent」という語が出てくるのでややこしいが,賃料の意味ではないことに注意.空間均衡モデルを利用して,住宅供給の弾力性が低いと,増税を通じて州や地方自治体がレント・エクストラクションを行いやすくなり,このレントは公共セクターの労働者(教員,警察,消防士など)に吸い上げられるとのこと.

レント・エクストラクション(rent extraction)という用語はどうも多義的に用いられているようだが(分野固有?),概ね「生産性の向上ではない(本来的には望ましくない)方法によって利益を増大させようとする(行為)」ということらしい.たとえば,政府は増税によって,民間企業は複雑怪奇な租税回避によって,過剰なまでに自己利益を追求することを指すこともあるよう(see Chen et al., 2010 JFE).(解釈が間違っていそうなので一旦取り消し)「レント獲得」と訳出している例も確認できる(兒玉,2015 IMES DP).井堀(2009,Ch. 4)によれば「レントとは,経済的資源の所有者に対して,その資源の社会的に見て妥当な報酬以上の支払いがなされることを指す言葉」で,参入規制によって企業が得る独占利潤や,政治家が政治活動によって得た独占情報によって私的な利益を得ることがレント(=うまみ)と呼ばれる.このような規制による特別の利益や利権,既得権を得るための行動はレント・シーキング rent-seeking と呼ばれる.

2017年3月24日金曜日

容貌の格差と人生の格差

英・ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイの教授にして米・テキサス大学オースティン校名誉教授でもあるHamermesh先生らによる研究.前半部分を要約すると,顔面偏差値の高い人々は平均的に得をし,低い人は平均的に損をしている,ということ.ちなみに著者は自らの容姿を5段階のリッカート尺度で3と評価している(書籍 p. 6).
  • ダニエル・S・ハマーメッシュ 『美貌格差―生まれつき不平等の経済学(amazon.co.jp)』 東洋経済新報社,2015.

容貌(≒顔立ち)の評価が上位1/3の女性は下位15%の女性よりも収入が12%多く,男性の場合は17%にのぼる(書籍 pp. 61ff;Hamermesh and Biddle, 1994 AER).この「美形効果」は,例えば男性の場合,教育年数を1.5年分増加させることによる効果を上回る.ただしcross-sectionで交絡していると思われる複数要因をコントロールした結果で,因果関係のクリーンな識別は行われていない模様(書籍の pp.146ff で俎上に挙げられているRDD的な自然実験のアイデアについても参照されたい).書籍では考えうる第三の要因の幾つか―たとえば自信,人となり,知能,顔立ち以外の容姿(所謂スタイル)等々―についても検討を行っているが,結局のところ容貌の効果「美形効果」が否定されることはないようだ.劣った容貌に対する補償についても議論が行われており(書籍 pp. 84ff;第8章も参照),『世にも奇妙な物語』の「美人税」を想起させる(佐々木希に“美人税”20%!? 『世にも奇妙な物語』で特別な美人役,ORICON,2016年5月).第5章では優れた容貌によって企業のパフォーマンスが向上することまで示しているほか,それ以外の多種多様なご利益にも結びついていることが書籍全体で示されている.第6章ではこの「美形効果」が差別の結果であるのかについて議論を進め,美形を優遇することが社会厚生に与える影響にまで足を延ばしている.さらに「美形効果」が生じるメカニズムを解明しようとしたラボ実験研究を紹介し,美形効果は選好に基づく差別より,働き手の自信や話のうまさを経由した効果である可能性を示唆する(Mobius and Rosenblat, 2006 AER).第8章では容貌の劣る人の扱いに関する規範的な側面を議論し,これに運用上の諸問題を勘案したうえで,そこから導かれる望ましい政策についても言及している.

書籍全体を通して容貌は優れているか劣っているかの一次元で議論されているが,実際には複数の要因というか軸というか,構成する成分があり,根本的に異なるものを混同して議論されてはいないかというのが第一の感想.ただし先行研究を一切読んでいないので全くの失当かもしれない.第二の感想は,(訳書で)200ページ以上に亘って格差の現実を記述しながら,劣った容貌の人に対する助言が実質1ページ程度(p. 229)しかないという現実の非情さ.経済系の論文をベースとした学術書であることを差し引いても哀しさは消えない.

余談だが,かのアインシュタインは「思い込みを砕くのに比べれば原子を砕くほうがまだ簡単だ」と述べたとか(書籍 p. 76.注釈によれば原文は「Es ist leichter, ein Atom zu spalten, als ein Vorurteil」).本書で取り上げられたようなハマーメッシュ先生の研究成果については橘(2016 新潮新書)でも言及があるほか,類似書に100万部を売り上げたらしい『人は見た目が9割』(竹内一郎,新潮新書,2005.amazon.co.jp)などがある.

(追記)中国では美形のアナリストの方がパフォーマンスがよいとか(George Yang: How attractive analysts make better stock calls, Nikkei Asian Review, March 2017).一方で研究者の研究能力に関しては,魅力的な容貌は負の印象を与える可能性があるとか(Gheorghiu et al. 2017 PNAS「魅力的な容姿」の科学者、能力劣ると思われやすい 研究 AFP).他の要因をコントロールすると容貌効果が確認できないと主張する研究もある(Kanazawa and Still 2017 JBP).

2017年3月22日水曜日

保育所の利用が子供に与える影響

カナダ・マクマスター大の山口慎太郎先生,東大の朝井友紀子先生,一橋の神林龍先生による研究.IV-DIDのフレームで推定されている模様(IVはchildcare slots per child).







論文では(LATEではなく)MTEを推定しており,ケアを受ける確率 unobserved propensity によってケアの効果が異なること(処置効果の異質性)が考慮されているとの由.MTEについては Cornelissen et al. (2016 LE) がおすすめとか.




(追記)分析に用いられたデータ「21世紀出生児縦断調査」を用いた他の研究として,親が子供を叩くことの影響を明らかにした Okuzono et al. (2017) (日経「お尻たたくのは逆効果 問題行動のリスク増える」2017年7月)などがあるとのこと.

2017年3月15日水曜日

インドネシア・学校建設による教育投資が賃金を上昇させた

泣く子も黙るMIT・Duflo先生による準実験(IV-DID)フレームでの人的資本の実証.

1970年代にインドネシアで大規模な学校建設が実施され(the Sekolah Dasar INPRES program),生まれた年(YC?)と,生まれた地域で学校数が増加したかどうか(intensity)によって,この恩恵を享受できるかどうかが異なることを利用する.Intercensal Population Surveys (SUPAS) から得られる教育年数と賃金のデータをdistrict-levelの学校建設データとリンクさせデータセットを構築.Baselineモデル
outcome = γ (intensity × YC?) + …
※ outcome = {schooling (years of education), log of wages}
※ intensity of program = the number of schools constructed per 1,000 children
※ YC? = indicator of Young Cohort (2 to 6 years old in 1974)
では,intensityが高い地域でも低い地域でも,介入以前において類似したトレンドを持つことを前提としてする(平行トレンド仮定).これに,介入が教育年数の増加を介してのみ賃金に影響を与えるとの仮定(exclusion restriction)を加え,
First stage: schooling = γ1 (intensity × YC?) + …
Second stage: (log of wages) = γ2 hat(schooling) + …
の2SLSを推定(intensityとYCインディケータの交差項がIV).

この建設プログラムの恩恵を受けた人々(treatment)の教育年数が増加し,賃金で評価した場合6.8-10.6%のリターンに相当する収益率が達成されたとのこと.