2017年10月4日水曜日

Mankiw先生「若手はブログを書いている場合ではない」

正確にはjunior facultyへのアドバイス「Advice for New Junior Faculty」(2007年2月のブログ記事).
  • "Avoid activities that will distract you from research. Whatever you do, do not start a blog." by Gregory Mankiw (Harvard)
......

2017年9月15日金曜日

似て非なる計量の概念・手法特集 『日本労働研究雑誌』

特集 「似て非なるもの <計量経済学の進展>」 『日本労働研究雑誌』 2015年4月号(No. 657)

  • 奥井亮 「固定効果と変量効果」
    • 固定効果 FE は説明変数と相関,変量効果 RE は説明変数と無相関
    • FEかREかはデータと研究のデザインによって決まるが,「一般論としては固定効果としてモデル化した方が適切」.ハウスマン検定による選択には(奥井先生は)消極的
    • プロビットなどの非線形モデルではFEでのモデル化が困難なケースもある
  • 松下幸敏 「多重回帰と操作変数法」
    • 弱操作変数問題  (weak instrument problem) に対しては,2SLS法より制限情報ML法による推定の方が好ましい.Stock, Wright, and Yogo (2012, JBES) を参照
  • 安藤道人 「多重回帰分析と回帰不連続デザイン」
  • 荒井洋一 「多重回帰とマッチング推定量」
    • 標準的な回帰モデルから介入効果を推定するためには,ignorabilityの仮定だけでは不十分で,potential outcomeの関数形に追加的な制約が必要であり,この点はマッチング推定に分があることを説明
    • マッチング推定ではコモンサポートを考慮する(ことが多い)のも特徴の一つ
  • 末石直也 「サンプルセレクションとセルフセレクション」
    • Heckitモデルの文脈で両語が同義に用いられることがあるが,一般にセルフ- はサンプル- の一因

2017年7月29日土曜日

ヘドニック・アプローチの解説・総説文献まとめ

ヘドニック・アプローチ hedonic approach は政策的な経済分析を中心に応用分野が幅広いこともあって数多くの理論・実証研究がある.

総説等


Green and Malpezzi (2003, pp. 48f) は用途として (i) 鑑定評価,(ii) 価格指数,(iii) プログラム分析(政策的な介入効果の予測や需要関数の推定など)の3つを挙げる.アプローチ自体は住宅市場のみならず,労働市場や自動車・PCなどの製品も対象とする.

(i) 鑑定評価 appraisal 関連:

(ii) 価格指数 price indexes 関連:

(iii) プログラム分析 program analysis 関連:

実証上の主な問題は,母集団の設定とサンプリング(市場細分化に関する問題を含む),関数に含める属性(何の代理変数として何を充てるのか,という問題も含む),除外変数,サンプルセレクション,関数形(多重共線性,階層性,時空間的な構造変化の問題を含む),動学的な調整や不均衡・摩擦の表現,等々.

後述する柘植他(2011,p. 102)は(2011年時点における)主な研究動向として (i) Heckmanらによる推定の識別可能性に関する理論的研究と (ii) 空間計量やセミパラなどを利用した価格関数の精緻化に関する統計学的研究の2点を挙げている.

初期の研究


この文脈で「hedonic」(快楽的な)という語を用いたのは自動車価格の回帰を行った
  • Andrew T. Court: Hedonic price indexes with automotive examples, The Dynamics of Automobile Demand, General Motors, New York, 98-119, 1939. ※ この研究そのものを主題として詳細な解説をした Goodman (1998, JUE) も参照.
が初と言われている(有名にしたのはZvi Grilichesによって1960sに発表された研究の功績による部分も大きいらしい).価格を財の属性に回帰するアイデア自体は,ミネソタ大修論として発表された Haas (1922) (EconPapers) が初出らしい(Colwell and Dilmore, 1999 LE).理論構築に関しては,消費者(家計)側からの分析を行ったLancaster(ここまでは価格指数理論の文脈での議論が主),供給側も考慮して理論的基礎付けを行ったRosen
が有名.Eppleは
でRosenアプローチでは同時性バイアス・除外変数バイアスが深刻な問題となりうることを指摘し,推計の改良を提案している(IV?).

ヘドニックのフレームで環境価値を(marginal WTP として)推定した先駆的な研究は
など.

社会資本や公共サービスの場合は足による投票(Tiebout)を通じた資本化仮説(capitalization hypothesis)に依拠する(後掲の肥田野 1997,林 2003 等を参照).理論研究は地方公共財理論(地域内に均一に影響を与える公共財によって生じる便益の帰着.Pines and Weiss 1976 JUE; Starrett 1981 JPE; Kanemoto 1988 ECTA etc.)と新都市経済学(交通施設整備による地価変化の分析など.Polinsky and Shavell 1976 JPubE; Wheaton 1977 AER etc.)の2つのアプローチがあり,前者ではたとえば Oates (1969, JPE) が有名.なお資本化仮説の立場からは住宅市場ではなく労働市場を対象とすることもある.この仮説の成立条件には消費者の同質性など幾つかあり(後述する 肥田野 1997, 金本 1992 などを参照),たとえば消費者の選好が異質である場合には限界効果が過大推計されるし(付け値関数と市場価格関数が乖離する.後述する 金本他 1989 などを参照),取引費用が無視できない場合には過小推計されることなどが知られている.

柔軟な関数形で特定化する研究として,Box-Cox変換の適用を提案した
は有名.その他,加法モデルなどのセミパラ推定や,人工NNなどのノンパラ推定を試みる研究も多数.近年の動向まで含めての定式化は
を参照.

Rosenによる基礎づけまでは部分均衡の枠組みで議論が進められていたが
によって労働市場を含めた一般均衡の枠組みに拡張された.この均衡モデルではアメニティの価値(等)が地代と賃金の両者に影響を与えるため,実証分析には賃金データも必要.

住宅市場の適用例に比べて労働市場の適用例は少ないが,たとえば労働環境の質を賃金の属性として賃金関数を推定して健康被害や死亡リスクの経済評価に利用する
などの例がある(統計的生命価値 value of statistical life を推定.古川・磯崎 2004 を参照).

Heckmanらによる識別の試み


限界効用などに対する幾つかの仮定を置くことで,単一市場であってもノンパラ・アプローチによって需要関数を識別できるらしい.

他にも,Gorman-Lancaster型のヘドニックモデルについてRosen (1974, JPE)を何か所か一般化した
や,BartikやEppleが指摘した意味での内生性への対処を非線形モデルによって試みている
など多くの理論研究がある.

ちなみに,需要関数の推計手法としてのヘドニック・アプローチは実用上使い勝手が悪いため(とりわけ属性が多い場合や,属性が離散的な場合),McFaddenのランダム効用理論に基礎を置く離散選択アプローチの方が広く用いられている(e.g., Shum 2017, ch. 1).両者を比較した Cropper et al. (1993, REStat)Palmquist and Israngkura (1999, AJAE) などの研究があるが,結果はデータとモデルのspecificationに大きく依存する模様.前掲の Follain (1985, RSUE) も参照.

ソーティング関連


Sorting, self-selection. ヘドニック理論とMcFaddenによる離散選択に関する基礎付け
を融合させる equilibrium sorting models (ESMs) について,Kuminoffらによるサーベイ
  • Nicolai V. Kuminoff, V. Kerry Smith, and Christopher Timmins: The New Economics of Equilibrium Sorting and Policy Evaluation Using Housing Markets, Journal of Economic Literature, 51 (4), 1007-1062, 2013.
    • Table 1 (pp. 1031f) にアプローチ(Pure Characteristics Sorting, Random Utility Sorting, Calibrated Sorting)ごとの特性がまとめられている(同時に multi-market, structural, non-parametric approach とも比較されている)
を参照(cf. random utility model: Quigley 1976; random bidding model: Ellickson 1981 JUE;すべての個人に共通する1つのindexによって選択を行う vertical sorting models と,個人間の異質性を考慮した horizontal sorting models).

準実験による近年の実証


前掲の Parmeter and Pope (2013) を参照.

よく用いられるのがRDD(回帰分断/回帰不連続).Boundary discontinuity を利用した実証の先駆けは Cushing (1984, JUE) だとか.この識別戦略を用いた有名な研究は
など.余談だが時間的なRD(interrupted time-series analysis = ITS とも)の使用については Hausman and Rapson (2017, NBER WP) による整理を参照.DIDでは
など.なお(DIDなどの)推定量が意味しているものが何であるのか(WTPとして解釈してよいのか? 等々)について前掲の Parmeter and Pope (2013, § 3.3) は Kuminoff and Pope (2009, WP) を引用しているが,現在はその後出版された同著者による
を参照するとよさそう.その他にも経済学的な解釈との関連についても検討を行う
などもある.

空間統計手法の適用


空間効果を考慮した回帰モデル(空間計量経済学のモデルや固有ベクトル空間フィルタリング,GWRなど)をヘドニック・アプローチに用いたり,中には空間ヘドニック spatial hedonic という表現を用いている論文が幾つも見つかる.初期の研究は
など.最近では
他多数.和文でも後掲する清水・唐渡(2007),星野(2011)の他に,堤・瀬谷(2009; 2010)などがある.なお空間計量における空間重み行列 W の設定などに関連して
などの指摘・批判があることには要注意.空間計量に拘らず
  • Steve Gibbons, Henry G. Overman, and Eleonora Patacchini: Chapter 3. Spatial Methods, Handbook of Regional and Urban Economics, Volume 5, 115-168, 2015. (ungated)
あたりを参照するのが正攻法か.

ヘドニックと直接関係はないものも含めて,空間データの回帰における問題は Anselin and Bera (1998, Handbook ch. 7)Dubin (1998, JHE)Basu and Thibodeau (1998, JREFE),  Dubin, Pace, and Thibodeau (1999, JREL)Wilhelmsson (2002), Meen (2016, US) 他多数で指摘されており,分析デザインを検討する上で参考になると思われる.

立地 location,近接効果 neighborhood effect,社会的相互作用 social interaction 関連では
など.

その他


V. Kerry Smith and Subhrendu K. Pattanayak: Is Meta-Analysis a Noah's Ark for Non-Market Valuation?, Environmental and Resource Economics, 22 (1–2), 271–296, 2002.
→ G. Stacy Sirmans, Lynn MacDonald, David A. Macpherson, and Emily Norman Zietz: The Value of Housing Characteristics: A Meta Analysis, Journal of Real Estate Finance and Economics, 33 (3), 215-240, 2006.

長期における循環とWTPの時間変動についての考察に Zabel (2015, RSUE) がある.曰くMWTPの時間変動は需給割合の変動によって説明できるとか(ということで,Krainer 2000 JUE や Novy-Marx 2009 REE がレビューされている).

和文文献


和文で有名なのは1992年『土木学会論文集』の特集〈ヘドニック・アプローチによる社会資本整備の評価〉
だと思うが,成書では
  • 肥田野登 『環境と社会資本の経済評価―ヘドニック・アプローチの理論と実際』 勁草書房,1997.(amazon.co.jp
が(日本にヘドニックを紹介した太田誠先生の著作を除けば)有名と思われる.上記以外にも
などの学術研究に加えて
のような実務マニュアル類もある.いずれにせよ準実験アプローチによる(first stageの推定についても,2段階の両方についても)識別の議論をカバーした文献は少ない.

2017年7月15日土曜日

経済分野での論文投稿


University College LondonのRasul先生による「Advice on the Publishing Process [PDF]」と題するhow toスライド資料.

  • 1A 読者を知る.AERのような一般誌なのか,AEJのようなフィールド誌なのか
  • 1B 貢献を明らかにする.先行研究に対する位置づけが重要.「literature review ≠ listing findings」
  • 1C well-organisedな文章にする.「The Chetty Production Function」スライドでStanfordのChetty先生(たぶん)がbig dataを古典的な問いに適用することについて語っているのが一番の読みどころ(な気がする)
  • 1D 焦点を絞る.余計なことは書かない
  • 2-1 投稿する際は論文本体と一緒にカバーレターを送る.査読するまでもない質だったりすると論文が査読者に回されることなくscreen reject(desk reject, editor kick)される
  • 2-2 査読は新規性や意義のみならず,読みやすさなども考慮される
  • 2-3 エディターは条件付き採択・revise and resubmit(R&R)・リジェクトを選択
  • 3-i R&Rとなった場合,査読コメントには全て回答するように努める.Inconsistentなコメントについては対応をエディターに相談してよい.査読者が内容を誤解するのは著者が悪い!
  • 3-ii 誰しもリジェクトは経験する.落ち込まない

2017年6月17日土曜日

J. Shapiro先生によるミクロ実証の発表作法

Brown大のJesse M. Shapiro先生が実証ミクロ計量系の研究発表の作法を
としてまとめている.何点かつまむと
  • Motivation
    • 聴衆はあなたの発表トピックに興味がない(ことを前提として話さなければならない).逸話・事実・政策上の問題などを活用して 1-2 枚のスライドで惹きつける.
  • Research Question
    • 応用研究のRQは現実の経済によって動機づけられるものであって,論文によるものではない.「あるモデルにおいて仮定~を変更したらどうなるか」とか「~さんの~モデルを他のデータに適用したらどうなるか」といったものでもない.
  • This Paper
    • なぜ,何を行うか.
  • Preview of Findings
    • 方法とfindingsの提示は必要最小限にする.
  • Data
    • 変数ごとに出所を明らかにする.変数の信頼性やモデルへの適用可能性にも留意する.
    • データセットや変数の定義・measuringについて新規性がある場合,十分に説明する.
    • 聴衆はデータハンドリングの手順などの underwear に興味はない.
  • Model
    • 推定するモデル式と識別の条件(仮定)を示す.エコノメにおける条件・制約が経済理論などによって正当化されているとなおよい.
    • Bottom line ≒ 興味のある主要な推定量(key varibaleの回帰パラメータなど) を定義する.
    • モデリング上の脆弱性がある部分について,そのモデルがよい近似と言える理由を説明したり,仮定の妥当性をどのように評価できるのかを説明する.考え得るあらゆる批判に反論する必要はない(そんな時間もない).
  • Results
    • 必要に応じて,図表を有効に利用する.
  • その他
    • 聴衆はけっこう聴いていないことも.
    • 喋らないことは,スライドに書かない.スライドは complete description にはなり得ない.詳細は論文へ.
    • 重要なのはストーリー.
    • 何度も練習せよ.
といった感じ.

言及:


2017年5月30日火曜日

フィールド調査における『調査されるという迷惑』

宮本常一,安渓遊地 『調査されるという迷惑―フィールドに出る前に読んでおく本』 みずのわ出版,2008.(amazon.co.jp

第1章は民俗学者の宮本先生(初出は『朝日講座・探検と冒険〈7〉』朝日新聞社,1972年 所収の「調査地被害―される側のさまざまな迷惑」.宮本先生は1981年没),これ以外の章は地域研究者の安渓(あんけい)先生による.

第1章・第2章・第6章では,聞き取りをする相手がその地で生活を営み働いている生身の人間であることを無視して「研究」(または「取材」)なるものが行われてしまったことによる悲劇が例示されている.調査する側の高圧的な態度によって口を閉ざしてしまう人,繰り返し調査団がやってくることで「自分たちのしていることがひどく古くさく悪いことではないか」(p.19)と思うようになってしまった人,研究者を失望させないようにとありもしない伝説をつくってしまう人,メディアの短絡的で偏向的な報道や捏造,自分勝手に調査地を選定した挙句地元に調査費を要求する者,古文書などの資料を”借りパク”する研究者,貴重な植物などの存在を学術論文等で公表したことで保護するどことか逆に盗難にあった事例,等々.「調査に名をかりつつ,実は自分の持つ理論の裏付けをするために資料を探して」(p.25)しまうことはフィールド・ワークに限らず研究全般でありうる(HARKingとは逆の手続きのp-hackingのようなものだろう.Googleの尾崎さんのツイートにある「Decision-Based Evidence-Making」も似たようなものかもしれない.この手の話は幾らでもある).トラブルの原因は調査側の無思慮さや不注意以外にもありえる.たとえば第4章では安渓先生ご自身が「話者が筆をとる」(住民側が自身の手で伝承などを書き起こすなどの)スタイルでの研究において,住民間で異なる伝承が衝突し,軋轢や権力闘争のようなものが引き起こされてしまった事例が紹介されている(cf. 基盤C「話者が筆を執る時」FY1995).

2017年4月28日金曜日

Gary King先生が傾向スコアマッチングの使用に警鐘

ハーバードのKing先生(Google Scholar)とMITのNielsen先生が,因果推論においてセレクション・バイアスへの対処法として重宝されている傾向スコアマッチング propensity score matching を用いるべきでない理由をWP化.

曰く,PSマッチングを使っても,実際にはうまくバランスしないことが多く(imbalance),非効率的で(inefficiency),モデルに依存し(model dependence),バイアスまでも増加するという PSM paradox が生じているとか.といっても傾向スコアのマッチング以外の利用(回帰調整や層別化など)を否定しているわけではなく,あくまでもマッチング法への利用が批判の対象となっている.

(追記)詳細はanalyticalsociologyさんのブログポスト「King and Nielsen (WP 2016) なぜ傾向スコアをマッチングに使うべきでないのか?」(2017年9月)を参照されたい.

2015年7月にはスライドが,同年9月には動画(International Methods Colloquium)が公開されている.



Twitter言及の例(追記:ドープネスさんは2017年8月下旬にアカウント凍結となったようです.すぐに別アカを開設されたようですが.):

大学教員の「質」が指導学生の業績に与える影響

北大の菊池先生と慶應の中嶋先生による.(ポテンシャルの高い)学生が(優れた)教員を選択するという内生性に対処するために指導教員の定年退職・異動・死亡を利用している(Rivkin et al., 2005 ECTA 参照).
上記『~潮流』版ではエピグラフとして,ノーベル賞を取るのに優れた師の重要性を主張するSamuelsonの発言を引用している(Samuelson自身のノーベル賞受賞スピーチでも同様の発言が確認できる).研究を通じた人材育成というフンボルト理念は近代的大学の端緒でもある.中嶋先生らは東大理学部物理学科で修士・博士を取得した研究者の業績データを利用し,これが教員による研究指導の質の影響を受けることを実証的に明らかにしている.離職が無作為でない可能性を考慮したPSマッチングやplacebo testなども行われている.

(感想)優れたジャーナルに論文を通せるようなコネのある先生の指導学生には七光り的効果が生じているという可能性の扱いと解釈についても興味がある.

(蛇足)『~潮流』版ではsample sizeの意味で「標本数」という語が用いられている(たとえば p. 97).サンプルサイズ警察はエコン界隈には少ないのかもしれない.またstandard errorの意味で「標準偏差」という語が用いられている箇所も確認できる(表3-2,表3-3).

2017年3月31日金曜日

日本・大学院修士課程の教育が賃金に与える影響

賃金への効果は確認されないが,仕事の満足度を高める効果は確認できるとのこと.
関連する直近の研究に
などがある.

大学院に限定されない(大学)教育の意義については,経済学のエバンジェリスト(?)としても有名なジョージ・メイソン大のCowen先生と同大のTabarrok先生による討論が面白い.なお,お二人が運営するブログ「Marginal Revolution」に掲載された記事の幾つかは「経済学101」で和訳されている.



(追記)日本においては(スクリーニング仮説よりも)人的資本の観点が重視されているとか.橘木先生の「教育機会と格差問題について」(2006年講演)や,Altonji and Pierret (2001, QJE),一橋・小野浩先生の Ono (2008, RSSM) ,Lange (2007, JLE)Lange and Topel (2006, Handbook),山口先生の下記ツイートを参照.

上ツイートの文脈において執筆されたブログ記事「高等教育無償化を正当化しうる5つの理由」も参照.

2017年3月28日火曜日

住宅の供給弾力性とレント・エクストラクション

スタンフォード大のDiamond先生によるレント・エクストラクション研究.住宅の研究で「rent」という語が出てくるのでややこしいが,賃料の意味ではないことに注意.空間均衡モデルを利用して,住宅供給の弾力性が低いと,増税を通じて州や地方自治体がレント・エクストラクションを行いやすくなり,このレントは公共セクターの労働者(教員,警察,消防士など)に吸い上げられるとのこと.

レント・エクストラクション(rent extraction)という用語はどうも多義的に用いられているようだが(分野固有?),概ね「生産性の向上ではない(本来的には望ましくない)方法によって利益を増大させようとする(行為)」ということらしい.たとえば,政府は増税によって,民間企業は複雑怪奇な租税回避によって,過剰なまでに自己利益を追求することを指すこともあるよう(see Chen et al., 2010 JFE).(解釈が間違っていそうなので一旦取り消し)「レント獲得」と訳出している例も確認できる(兒玉,2015 IMES DP).井堀(2009,Ch. 4)によれば「レントとは,経済的資源の所有者に対して,その資源の社会的に見て妥当な報酬以上の支払いがなされることを指す言葉」で,参入規制によって企業が得る独占利潤や,政治家が政治活動によって得た独占情報によって私的な利益を得ることがレント(=うまみ)と呼ばれる.このような規制による特別の利益や利権,既得権を得るための行動はレント・シーキング rent-seeking と呼ばれる.

2017年3月24日金曜日

容貌の格差と人生の格差

英・ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイの教授にして米・テキサス大学オースティン校名誉教授でもあるHamermesh先生らによる研究.前半部分を要約すると,顔面偏差値の高い人々は平均的に得をし,低い人は平均的に損をしている,ということ.ちなみに著者は自らの容姿を5段階のリッカート尺度で3と評価している(書籍 p. 6).
  • ダニエル・S・ハマーメッシュ 『美貌格差―生まれつき不平等の経済学(amazon.co.jp)』 東洋経済新報社,2015.

容貌(≒顔立ち)の評価が上位1/3の女性は下位15%の女性よりも収入が12%多く,男性の場合は17%にのぼる(書籍 pp. 61ff;Hamermesh and Biddle, 1994 AER).この「美形効果」は,例えば男性の場合,教育年数を1.5年分増加させることによる効果を上回る.ただしcross-sectionで交絡していると思われる複数要因をコントロールした結果で,因果関係のクリーンな識別は行われていない模様(書籍の pp.146ff で俎上に挙げられているRDD的な自然実験のアイデアについても参照されたい).書籍では考えうる第三の要因の幾つか―たとえば自信,人となり,知能,顔立ち以外の容姿(所謂スタイル)等々―についても検討を行っているが,結局のところ容貌の効果「美形効果」が否定されることはないようだ.劣った容貌に対する補償についても議論が行われており(書籍 pp. 84ff;第8章も参照),『世にも奇妙な物語』の「美人税」を想起させる(佐々木希に“美人税”20%!? 『世にも奇妙な物語』で特別な美人役,ORICON,2016年5月).第5章では優れた容貌によって企業のパフォーマンスが向上することまで示しているほか,それ以外の多種多様なご利益にも結びついていることが書籍全体で示されている.第6章ではこの「美形効果」が差別の結果であるのかについて議論を進め,美形を優遇することが社会厚生に与える影響にまで足を延ばしている.さらに「美形効果」が生じるメカニズムを解明しようとしたラボ実験研究を紹介し,美形効果は選好に基づく差別より,働き手の自信や話のうまさを経由した効果である可能性を示唆する(Mobius and Rosenblat, 2006 AER).第8章では容貌の劣る人の扱いに関する規範的な側面を議論し,これに運用上の諸問題を勘案したうえで,そこから導かれる望ましい政策についても言及している.

書籍全体を通して容貌は優れているか劣っているかの一次元で議論されているが,実際には複数の要因というか軸というか,構成する成分があり,根本的に異なるものを混同して議論されてはいないかというのが第一の感想.ただし先行研究を一切読んでいないので全くの失当かもしれない.第二の感想は,(訳書で)200ページ以上に亘って格差の現実を記述しながら,劣った容貌の人に対する助言が実質1ページ程度(p. 229)しかないという現実の非情さ.経済系の論文をベースとした学術書であることを差し引いても哀しさは消えない.

余談だが,かのアインシュタインは「思い込みを砕くのに比べれば原子を砕くほうがまだ簡単だ」と述べたとか(書籍 p. 76.注釈によれば原文は「Es ist leichter, ein Atom zu spalten, als ein Vorurteil」).本書で取り上げられたようなハマーメッシュ先生の研究成果については橘(2016 新潮新書)でも言及があるほか,類似書に100万部を売り上げたらしい『人は見た目が9割』(竹内一郎,新潮新書,2005.amazon.co.jp)などがある.

(追記)中国では美形のアナリストの方がパフォーマンスがよいとか(George Yang: How attractive analysts make better stock calls, Nikkei Asian Review, March 2017).一方で研究者の研究能力に関しては,魅力的な容貌は負の印象を与える可能性があるとか(Gheorghiu et al. 2017 PNAS「魅力的な容姿」の科学者、能力劣ると思われやすい 研究 AFP).他の要因をコントロールすると容貌効果が確認できないと主張する研究もある(Kanazawa and Still 2017 JBP).

2017年3月22日水曜日

保育所の利用が子供に与える影響

カナダ・マクマスター大の山口慎太郎先生,東大の朝井友紀子先生,一橋の神林龍先生による研究.IV-DIDのフレームで推定されている模様(IVはchildcare slots per child).







論文では(LATEではなく)MTEを推定しており,ケアを受ける確率 unobserved propensity によってケアの効果が異なること(処置効果の異質性)が考慮されているとの由.MTEについては Cornelissen et al. (2016 LE) がおすすめとか.




(追記)分析に用いられたデータ「21世紀出生児縦断調査」を用いた他の研究として,親が子供を叩くことの影響を明らかにした Okuzono et al. (2017) (日経「お尻たたくのは逆効果 問題行動のリスク増える」2017年7月)などがあるとのこと.

2017年3月15日水曜日

インドネシア・学校建設による教育投資が賃金を上昇させた

泣く子も黙るMIT・Duflo先生による準実験(IV-DID)フレームでの人的資本の実証.

1970年代にインドネシアで大規模な学校建設が実施され(the Sekolah Dasar INPRES program),生まれた年(YC?)と,生まれた地域で学校数が増加したかどうか(intensity)によって,この恩恵を享受できるかどうかが異なることを利用する.Intercensal Population Surveys (SUPAS) から得られる教育年数と賃金のデータをdistrict-levelの学校建設データとリンクさせデータセットを構築.Baselineモデル
outcome = γ (intensity × YC?) + …
※ outcome = {schooling (years of education), log of wages}
※ intensity of program = the number of schools constructed per 1,000 children
※ YC? = indicator of Young Cohort (2 to 6 years old in 1974)
では,intensityが高い地域でも低い地域でも,介入以前において類似したトレンドを持つことを前提としてする(平行トレンド仮定).これに,介入が教育年数の増加を介してのみ賃金に影響を与えるとの仮定(exclusion restriction)を加え,
First stage: schooling = γ1 (intensity × YC?) + …
Second stage: (log of wages) = γ2 hat(schooling) + …
の2SLSを推定(intensityとYCインディケータの交差項がIV).

この建設プログラムの恩恵を受けた人々(treatment)の教育年数が増加し,賃金で評価した場合6.8-10.6%のリターンに相当する収益率が達成されたとのこと.