2017年3月24日金曜日

容貌の格差と人生の格差

英・ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイの教授にして米・テキサス大学オースティン校名誉教授でもあるHamermesh先生らによる研究.前半部分を要約すると,顔面偏差値の高い人々は平均的に得をし,低い人は平均的に損をしている,ということ.ちなみに著者は自らの容姿を5段階のリッカート尺度で3と評価している(書籍 p. 6).
  • ダニエル・S・ハマーメッシュ 『美貌格差―生まれつき不平等の経済学(amazon.co.jp)』 東洋経済新報社,2015.

容貌(≒顔立ち)の評価が上位1/3の女性は下位15%の女性よりも収入が12%多く,男性の場合は17%にのぼる(書籍 pp. 61ff;Hamermesh and Biddle, 1994 AER).この「美形効果」は,例えば男性の場合,教育年数を1.5年分増加させることによる効果を上回る.ただしcross-sectionで交絡していると思われる複数要因をコントロールした結果で,因果関係のクリーンな識別は行われていない模様(書籍の pp.146ff で俎上に挙げられているRDD的な自然実験のアイデアについても参照されたい).書籍では考えうる第三の要因の幾つか―たとえば自信,人となり,知能,顔立ち以外の容姿(所謂スタイル)等々―についても検討を行っているが,結局のところ容貌の効果「美形効果」が否定されることはないようだ.劣った容貌に対する補償についても議論が行われており(書籍 pp. 84ff;第8章も参照),『世にも奇妙な物語』の「美人税」を想起させる(佐々木希に“美人税”20%!? 『世にも奇妙な物語』で特別な美人役,ORICON,2016年5月).第5章では優れた容貌によって企業のパフォーマンスが向上することまで示しているほか,それ以外の多種多様なご利益にも結びついていることが書籍全体で示されている.第6章ではこの「美形効果」が差別の結果であるのかについて議論を進め,美形を優遇することが社会厚生に与える影響にまで足を延ばしている.さらに「美形効果」が生じるメカニズムを解明しようとしたラボ実験研究を紹介し,美形効果は選好に基づく差別より,働き手の自信や話のうまさを経由した効果である可能性を示唆する(Mobius and Rosenblat, 2006 AER).第8章では容貌の劣る人の扱いに関する規範的な側面を議論し,これに運用上の諸問題を勘案したうえで,そこから導かれる望ましい政策についても言及している.

書籍全体を通して容貌は優れているか劣っているかの一次元で議論されているが,実際には複数の要因というか軸というか,構成する成分があり,根本的に異なるものを混同して議論されてはいないかというのが第一の感想.ただし先行研究を一切読んでいないので全くの失当かもしれない.第二の感想は,(訳書で)200ページ以上に亘って格差の現実を記述しながら,劣った容貌の人に対する助言が実質1ページ程度(p. 229)しかないという現実の非情さ.経済系の論文をベースとした学術書であることを差し引いても哀しさは消えない.

余談だが,かのアインシュタインは「思い込みを砕くのに比べれば原子を砕くほうがまだ簡単だ」と述べたとか(書籍 p. 76.注釈によれば原文は「Es ist leichter, ein Atom zu spalten, als ein Vorurteil」).本書で取り上げられたようなハマーメッシュ先生の研究成果については橘(2016 新潮新書)でも言及があるほか,類似書に100万部を売り上げたらしい『人は見た目が9割』(竹内一郎,新潮新書,2005.amazon.co.jp)などがある.

(追記)中国では美形のアナリストの方がパフォーマンスがよいとか(George Yang: How attractive analysts make better stock calls, Nikkei Asian Review, March 2017).一方で研究者の研究能力に関しては,魅力的な容貌は負の印象を与える可能性があるとか(Gheorghiu et al. 2017 PNAS「魅力的な容姿」の科学者、能力劣ると思われやすい 研究 AFP).他の要因をコントロールすると容貌効果が確認できないと主張する研究もある(Kanazawa and Still 2017 JBP).

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